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大阪高等裁判所 昭和40年(う)327号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

論旨は、原判決には売春防止法第一二条の解釈適用を誤つた違法があると主張し、要するに、同条にいう「居住」とは売春に従事する者を業者の占有管理する一定の場所に集合させ、いつでも遊客の求めに応じ得るように一定の時間待機させることによつて、売春に従事する者に支配を及ぼし、その者が右支配下に同所を本拠地として売春行為に従事していると認められるときは、たとえその者の住居が同所以外にあつたとしても、これに該当するものと解すべきであるというのである。しかし、売春防止法第一二条は「人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させ、これに売春をさせることを業とした者は、十年以下の懲役および三十万円以下の罰金に処する」と規定し、売春業者が、売春婦を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させて、これに売春をさせることを特にその要件として、このような形態における売春業を、同法所定の各種の禁止行為のうちでも特に最も重く禁止処断しているのである。そして、同条が、右のような形態の売春業を特に重く処罰すべきものとした趣旨は、売春に従事する婦女の居住の場所に対して支配を及ぼすことによつてその自由を束縛し、よつて自己の支配から脱出することを防止するような方法の下で、これに売春をさせることを業とする者を特に重く処罰しようとするものであると解せられるのであつて、換言すれば、売春婦の居住場所に支配を加える方法によつて、その人身の自由を束縛する形態をとることが、その違法性を高める要素であると解せられるのである。このことは、同法制定のいきさつ並びに同条が特に占有、管理もしくは支配する場所に居住させることを要件として掲げていることに徴しても明らかであろうと考える。従つて、同条にいう「居住させ」ということの意味は、右の趣旨に適合するように解釈すべきであり、また刑罰法令の解釈にあたつては、その規定の用語のもつ実際的、一般的意味をこえて、被告人に不利益に拡張解釈をすべきでないことも他言を要しないところであるから、右にいう「居住させ」とは、必らずしもその場所を生活の本拠たる住所とさせることは必要でないけれども、その場所に住まわせること、すなわち、そこを起臥寝食の場所とさせることが必要であると解する。所論は、「居住する」とは、職務の執行その他営業等を含めた各般の日常生活を営むために一定の場所に占居していることであり、売春に従事する婦女が、別個に任意に定めた住居に居住しながら売春業者と売春契約を結び、一日のうち一定時間、右業者の住居若しくは店舗に集合待機して客待ちをし、遊客と他の旅館で売春を行なう場合において、業者が、右のように売春婦を集合待機させることは、居住させた場合に当るというけれども、売春婦が業者の指定する場所に客待ちのため一定時間集合待機しているのは、売春契約に基き、売春に従事するため、所定のたまり場所に出勤しているという関係に過ぎず、特別の事情が伴わないかぎり、右の状態をもつて、同法条にいわゆる居住しているものとはいえない。所論引用の刑法第一〇条に関する大審院明治四五年四月六日判決、同法第一三〇条に関する札幌高裁函館支部昭和二七年一一月五日判決、名古屋高裁昭和二六年三月三日判決は、いずれも本件には適切でない。所論はまた、売春防止法第一二条の「居住」の意義を文言どおり当該場所に住み込ませることを要するものと解するならば、最近多くの業者がとつている「通い」形式の場合は、本条に該らないこととなり、実質的に管理売春としての営業形態を備えている多くのものが、本法第一〇条によつて処罰されるにとどまり、巧妙に策を弄したものが、かえつて軽く処罰されるという刑政上権衡を失した不当な結果を生ずるというけれども、いわゆる「通い」形式のものであつても、その形態は一様ではないのであつて、業者が自ら所有し、あるいは他より借り受け、若しくは管理するアパートなどに売春婦を分宿させ、一定時間、特定の場所に客待ちのため集合待機させるような場合は、自己の占有し若しくは管理する場所に居住させたものとして、同条に該るのであり、また売春をする者に容易に連絡のとれる一定の場所を指定してこれに居住させている場合も、指定する場所に居住させたものとして、同条に該ることは言うまでもない。そして、売春を行なう者の住居が、当初は任意に定められたものではあつても、業者が、常時電話その他の方法によつてこれと連絡をとり、客待ち場所への集合待機あるいは売春に従事することを強要するなどして、その自由に一定の支配を及ぼすに至り、実質上、指定場所と同一の性格を有するに至つているような場合もまた、同条に該当するものとして、処罰し得るものと解し得られるのであるから、「通い」であつても、以上のような各種の形態のものは、同条によつて当然処罰し得るのである。そして、以上とは異なり、売春を行なう者が任意に定めた住居に居住していて、業者との売春契約により、自己の自由意思のもとに、一日のうち一定の時間、指定した場所に客待ちのため集合待機し、遊客と旅館などに出向いて売春をしている形態であつて、業者は、売春婦にその住居の選択をまかせており、同女らが所定の時間ころに出勤して来なくてもこれを呼び出したり、出勤を催促することもなく、客待ち場所に集合待機するかどうか、および待機しても売春に従事するかどうかが売春に従事する者の自由とされており、待機する場合も夕刻から午後一一時ころまでの数時間に限られていて、その場所で寝食をするようなこともなく、従つて、日常の生活用具は何もその場所に置いていない場合においては、いかなる意味においても、これを売春防止法第一二条に該るものということはできない。そして、同じ「通い」であつても、前者のような形態と後者のような形態との間には、実質的な違法性に差違があると解し得られるから、「居住」の意義を前記のように解しても、所論のように不当に均衡を失する結果を生ずるとは考えられない。かりに、売春業の実態が、後者のような形態のものを重く処罰する必要性を生じさせているとしても、よろしく立法にまつべきであつて、法規の拡張解釈によつて対処することは許されないものと考える。いま本件についてこれをみるに、原判決挙示の各証拠によると、被告人両名は、原判示場所でスタンド「わか草」を経営していたが、同店舗の明け渡しを求められていたことから、他の場所で営業をする資金を作るため、手取り早く金儲けのできる売春業をしようと共謀し、原判示期間、原判示加代子こと堤和美、美智子こと渡辺タミ子および世紀子こと秋本世紀子を仲居名義で雇い入れ、同女らと原判示売春契約を結んだうえ、同女らを、午後四時ころから午後一一時ころまでの間、右スタンド「わか草」の店舗内で客待ちをさせたうえ、被告人永田モトエの采配によつて、同女らを付近のつかさ旅館および三鶴旅館で売春させ、売春の対価は、右被告人永田トモエあるいは前記堤和美らにおいて遊客から受取つて、毎日帰宅する際、これを切半清算していたものであるが、前記堤和美らはいずれも被告人らとは無関係に定めたアパートなどに情夫と居住して前記スタンド「わか草」に通つていたものであつて、客待ち時間も前記のように午後四時ころから午後一一時ころまでであり、もちろん同所で寝食したことはなく、被告人永田モトエから客をつけられても酔客などで気に入らないときは断ることもあり、また泊り客の場合には前記堤和美らがいずれも情夫と同棲しているものであつたため、被告人永田モトエにおいて同女らの都合を聞き、承諾した場合は客をとらせるように配慮していたこともあり、前記渡辺タミ子らが休んだ場合も、被告人らが同女らに連絡したり、呼びに行つて出勤を催促したようなことはなかつたことが明らかであり、要するに、被告人らは、前記堤和美らの住居に制約を加え、支配を及ぼしたようなことは認められないのである。右のように、本件は、売春に従事する者の住居を自由にし、単に客待ちのため、自己の占有する場所に午後四時ころから午後一一時ころまで任意に集合待機させ、これらの者に売春をさせることを業としたものであつて、いかなる意味においても、その起臥寝食の場所に支配を及ぼしてはいないのであるから、これが売春防止法第一二条に該るとは言えない。原判決が、本件の客待ちが居住に該らないとして、本件につき売春防止法第一条の成立を否定したことは結局正当であり、原判決に所論のような違法はない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。(山崎薫 竹沢喜代治 佐々木史朗)

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